ポツポツ始めたこのブログ、まずはかおるのことをちょっとずつ知っていただけたら嬉しく思います。
まずはセラピストになったきっかけや背景について。
ちょっと長くなりますがお付き合いくださいませ。
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もともと僕は、セラピーとは無縁の人生を歩んでいました。
ただ、サラリーマンだったこともあり、よく肩がこる。
そこで指圧や簡単な整体には通ってましたが、
リラクゼーションセラピーとはついぞ縁がありませんでした。
そんなあるとき、ふと入ったのが大阪市内のハンドセラピー店。
大手もみほぐし屋さんではなく、施術内容もただ「触れる」だけ。
なんだ、物足りないなと最初は思いましたが、次第に何かに気づきました。
それは、深く、広く、大きな安心
セラピストさんにただ手を委ね、ただ手を重ねてもらう。
そして、ゆっくりとさすってもらう。
揉まない、押さない。
「いつくしみ」
この言葉が実にふさわしい、包み込むような慈愛のセラピーでした。
このとき僕は<スローセックス™️>で著名なアダム徳永氏の個人レッスンを受けていました。
今の若い方はもう知らないと思いますが、20年ほど前でしょうか、
スローセックスという概念を世に広め、同名の書籍もベストセラーとなりました。
アダム氏は断言します。セックスはアートであると。
ここにアート(art)は、技能や技術に近いニュアンスです。
ちなみに、これまた心理学書としては大大ベストセラーの『愛するということ』(エーリッヒ・フロム著)も、原題はArt of Loving。
愛は技術であり技能であることが述べられています。
翻(ひるが)えって、スローセックスにおいて有名な技術が、【アダムタッチ】。
フェザータッチの完成形ともいうべきこのタッチは、性行為における「触(さわ)る」について、一つの最適解を与えるものでした。
ただ、本来、タッチは、「触(ふ)れる」こと。
ただ手を置き、ぬくもりを交わし、触れる者と触れられる者とが交わす、無言の対話です。
それは「ふれあい」であり、「手当て」であり、癒しそして絆をもたらします。
とはいえ、「触れる」こともまた実際には難しい。
こんな単純な行為にすら技術が必要ですし、これを支える感性も要されます。
この感性こそが、artたる技術を支えるエッセンスです。
故にアート(art)はテクニック(technique)とは異なるのです。
かつての僕がそうであったように、多くの男性はセックスのテクニックを求めがちです。それもインスタントに。
もちろんそのこと自体が悪いわけではありません。
アダム氏が書籍「スローセックス」で述べるように、テクニックを学び磨くことで防げる不幸もあるからです。
ところがアダルトコンテンツを教材とし、これを手本にして性行為に臨むと、勢い男性優位となり、女性が負担を強いられるセッションになりがちです。
そうではない。有名なセクシー男優も口を揃えて「AVはファンタジーだ、真似をするな」と言います。
では何が足りないのか。
その一つが上記した「感性」だと思うのです。
これはセンスとも言えますが、このセンスをさらに支えるのが、以下の4つです
・相手の快(こころよ)さ、幸せを常に気に掛ける:配慮
・相手のして欲しいこと、ニーズに応答し、傷つけるようなことはしない:責任
・相手を「あるがまま」に見て、「あるがまま」を受け入れる:尊重
・相手のことをより深く知ろうとする:理解
この4つの行為をして、エーリッヒ・フロムは、愛の技(Art of Love)と呼びました。
そしてこの技(わざ)は、セックスにおいて重要であるのみならず、日常の生活においても大切です。
ひいては、タントラのようなスピリチュアルなセッションにおいても必要な態度です。
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長くなりました。
詳細をつぶさに語ることは避けますが、アダム徳永氏のプライベートレッスンを経て、私なりにセックスに大切なことを追い求め、そこで得た多くのことをお客さまに還元したい。
私のミッションは、お客さまがよりよい性行為を実生活で営んでいただけるヒントやアートをお伝えすること。
その実践において、粘膜接触は必要ないし、セラピが下着を脱ぐ必要もありません。
そんなことを考えている頃、にっしーと出会いました。
そして私の想いを尊重してくれる彼の下で働くことにしたのでした。
(続く)
